【北欧は、食べて、旅する】第5回 食卓を楽しくする北欧のデザイン
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北欧を旅して、ガイドブックやエッセイなどを執筆している森百合子と申します。これから、北欧の食と暮らしにまつわるエッセイを全6回でお届けします。
ちなみに北欧とはどの国を指すか、ご存知でしょうか。一般的にはデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、アイスランド、フィンランドの5カ国が北欧として分類されています。わたしは2005年に初めて訪れて以来、この5カ国を繰り返し旅してきました。こちらの連載でも、5カ国あちこちの町と人、味が登場する予定です。北欧は、食べて、旅する。ぜひ一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
プロフィール
森 百合子(もり ゆりこ)
北欧ジャーナリスト、エッセイスト。主な著書に『探しものは北欧で』(大和書房)、『日本で楽しむ わたしの北欧365日』(パイ インターナショナル)など。NHK『世界はほしいモノにあふれてる』『趣味どきっ!』などメディア出演も。北欧食器とテキスタイルの店『Sticka スティッカ』も運営している。
INDEX
使って楽しい食器が生まれるまで
北欧生まれの食器といえばカラフルで、心躍るデザイン。そして調理器具など、キッチンまわりの道具にも優れたデザインがたくさんあります。デンマークのロイヤルコペンハーゲンや、フィンランドのアラビア、イッタラなど日本で人気の高いメーカーもあり、時を超えて愛される器がいくつも生み出されてきました。見た目だけではない、その魅力を今回は追ってみたいと思います。
写真の手前に映っている葉っぱ柄のデザインは、見たことがある方も多いかもしれません。スウェーデンが誇る天才デザイナー、スティグ・リンドベリの代表作として知られる食器です。実際にはアシスタントが描いた葉柄を、リンドベリが仕上げてできあがったという経緯があるのですが、今では北欧デザインのアイコンとして親しまれています。
『ベルサ』の名前で知られるこのデザインが生まれたのは、1961年のこと。スウェーデンでは戦後、国をあげての住宅政策が進み、さらに1950年代に入って消費が拡大していくなか「家のなかをもっと美しく整えよう」「日常的に使う食器や日用品を美しくしよう」という機運が高まっていました。リンドベリが所属していたグスタフスベリ社をはじめ、食器メーカーは有能なデザイナーを起用して、モダンなテーブルウェアを発売するようになりました。その一方でデパートや生協、メディアなど各方面が協力して、新しい時代の食器や日用品をどのように暮らしに取り入れたらいいかを提案する啓蒙活動も行われました。
北欧の友人宅を訪れると、素敵な食器が普段使いされ、あたりまえのように日々の食卓に出てきます。やはりデザインの国の人々は、持って生まれたセンスがあるのだろうなあ⋯⋯と以前は漠然と思っていたのですが、モダンなデザインの食器が出始めた当時は、テーブルセッティングやコーディネートについて学ぶセミナーや教材が作られ、消費者がよい製品を選び、暮らしに取り入れるためのサポートがあったと知り、なるほどそうした時代を経て、いまの食卓があるのだなあと納得しました。『ベルサ』は当時、生協で作られていた「より豊かな日常」と題した教材に取り上げられて、人々の注目を引いたようです。
さて、150以上ものテーブルウェアを手掛けたというリンドベリですが(上の写真にある『ベルサ』以外のカップ&ソーサーも、すべてリンドベリのデザインです)、彼がその名を世に知らしめたのは、1955年にスウェーデンで開催されたデザイン万博でした。そこで発表されたのは、新素材を取り入れた食器シリーズ『テルマ』。耐火性の素材を使ったフライパンや鍋、キャセロールは「調理してそのまま食卓に出すことができる」と注目を浴びました。ちょうど今年の秋に、東京と大阪で開催されていた「スティグ・リンドベリ展」では、テルマのフライパンを片手にキッチンから食卓へ意気揚々と移動するリンドベリ本人の動画が上映されていました。
1950年代には『テルマ』の他にも、オーブンやコンロ使いできる食器が生まれました。いまでこそオーブンから、そのまま食卓へ出せる器はあたりまえになっていますが、当時は画期的なアイデアだったんですね。盛りつけるための器を省くことができて、洗い物の数を減らせる、そんな新時代の食器は、社会に出て仕事をしながら変わらず家事をまかなっていた女性たちに、大いに支持されたそうです。
主婦たちから支持された鍋
北欧には、かわいい鍋もたくさんあります。冬が長く、寒さの厳しい北国ゆえか、家庭で作られてきたレシピは、煮込みやオーブン料理が多いんですよね。
この鍋も、北欧デザインを代表するアイテムです。ノルウェーのキャサリンホルムという会社が作っていた琺瑯(ほうろう:金属の表面にガラス質を焼き付けた素材のこと)のキッチンウェアシリーズのひとつで、1960年代に作られ大人気を博しました。
デザインをしたのは「北欧デザインの女王」と呼ばれたグレタ・プリッツ・キッテルセン。シルバーやエナメル素材を使った製品づくりに長けていたキッテルセンは赤や青、オレンジなど、ビビッドな色を取り入れてキッチンを明るくしました。こうした色が使われることは当時ではまだ珍しく、1962年に「センセーション・キャセロール(驚異の鍋)」の名で発売されると、国内だけで15万個を売り上げたそうです。当時のノルウェーの人口が370万人ほどだったことを考えると、まさに驚異的な大ヒット商品となったのです。
カラフルでデザイン性の高い鍋もまた、調理をしてそのまま食卓に出すことができます。さらにこの鍋のおもしろいところは、蓋をひっくり返して置くと、鍋敷きとして使えるのです。これもまた合理的なアイデアですよね。
ちなみにロータス(ハス)と呼ばれる葉の柄をデザインしたのは別のデザイナー。よりシンプルでモダンなデザインを好んだキッテルセンは、ロータス柄は好きではないと公言していました。それでも地元の主婦たちに調査をしたところ、ロータス柄がとりわけ人気だったことがわかり、同社の主力製品となったのでした。
1970年代に入ってキャサリンホルムは廃業してしまいましたが、ロータス柄の鍋のファンやコレクターは多く、いまも蚤の市(のみのいち)やアンティークショップでよく見かけます。
必要な数を減らした、食器改革
画期的なテーブルウェアといえば、日本でも大人気の『ティーマ』シリーズがあります。フィンランドデザインの良心と呼ばれるデザイナー、カイ・フランクの代表作で、もともとは『キルタ』という名前でアラビア社(現在はイッタラ)から1953年に発売されました。イラストはなく、フォルムは潔いほどのシンプルさ。唯一の”装飾”は色で、白、黒、黄色、グリーン、茶、青で展開し、円形の皿にくわえて正方形や長方形の角皿も登場しました。何より『キルタ』が画期的だったのは、セットで購入する必要がなく、ひとつずつ買って組み合わせられるところでした。
それまではヨーロッパの食器といえば、スープやパン用の皿、オードブル、メイン用、デザートプレートと何種類もの皿を12名分揃えるのが一般的でした。でもそれだと普通の労働者が暮らす小さな家のキッチンでは場所を取りすぎてしまいます。また女性が外に出て働くようになり、加工食品やインスタント食品など手軽に調理できる食材も増え、食事の内容もより手軽に作れるメニューに変化していました。用途に応じて自由に組み合わせて使える『キルタ』シリーズは、生活者のニーズに沿った食器だったのです。
写真の下段に写っているのが『キルタ』シリーズです。歴代のアラビア社の製品を展示したミュージアムで撮った写真ですが、背後にあるのは当時の広告ポスターで、フィンランド語で「あなたの食器棚に、楽しい日常を」と書いてあります。食器のデザインもポスターも、現在見てもまったく古びていないのがすごいですよね。『キルタ』は1974年に生産中止となるまで、シリーズで累計2500万個を売り上げました。そして1981年に『ティーマ』として生まれ変わり、電子レンジや食洗機にも対応し、より現代の暮らしに合った形となって今に至るまで生産されています。
フィンランドを旅すると、空港のカフェや社食、はたまた北極圏の素朴なカフェでも、あたりまえのように『ティーマ』シリーズが使われているのに驚きます(そして、スーパーマーケットで売られていることにも!)。良質なデザインの食器を、誰もがあたりまえのように使っているのがいいなあと羨ましく思うのですが、でも『キルタ』もやはり、発売当時はすぐには受け入れられなかったそうです。それまでの食器のあり方とあまりにも違っていたため抵抗があった人も多かったようで、時間をかけて食卓の定番となっていったんですね。
スーパーにもグッドデザイン
それでは最後にもうひとつ、食卓まわりのグッドデザインをご紹介しましょう。北欧は食材のパッケージデザインにも素敵なものが多いんです。スーパーマーケットに行くと、パッケージを見ているだけでも時間があっという間に経ってしまいます。
これはココアの箱です。印象的な目のデザインは『カカオアイズ』とよばれ、1956年に製品化して以来、ずっとスーパーマーケットに置かれています。現在はフィンランドの製菓メーカーから販売されていますが、もともとはスウェーデンのチョコレート会社のために作られたデザインでした。手掛けたのは、後にスウェーデンを代表するグラフィックデザイナーとなるオーレ・エクセル。このデザインにより、落ちていた売上が回復したそうで、『カカオアイズ』はポスターや各種キャンペーン、PRツールにも使われました。スウェーデンで、パッケージデザインが広告ツールとして使われたのは、それが初めてのケースだったようです。『カカオアイズ』で一躍有名になったオーレ・エクセルは、デザインが経済に与える影響力についての本も残し、広告デザイナーの間ではいまもバイブルとなっています。
北欧デザインというと、建築や家具、照明やテキスタイルの分野がよく知られていますが、食卓まわり、そして食材にも、物語のあるいいデザインがたくさんあります。わが家でも北欧の食器がだいぶ増えましたが、「日々の食卓をより楽しく、美しくしよう」と目標を掲げ尽力していた当時のデザイナー達の思いを知ると、また一段と愛着が湧いてきます。

