【北欧は、食べて、旅する】第3回 北欧のキッチンをのぞく
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北欧を旅して、ガイドブックやエッセイなどを執筆している森百合子と申します。これから、北欧の食と暮らしにまつわるエッセイを全6回でお届けします。
ちなみに北欧とはどの国を指すか、ご存知でしょうか。一般的にはデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、アイスランド、フィンランドの5カ国が北欧として分類されています。わたしは2005年に初めて訪れて以来、この5カ国を繰り返し旅してきました。こちらの連載でも、5カ国あちこちの町と人、味が登場する予定です。北欧は、食べて、旅する。ぜひ一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
プロフィール
森 百合子(もり ゆりこ)
北欧ジャーナリスト、エッセイスト。主な著書に『探しものは北欧で』(大和書房)、『日本で楽しむ わたしの北欧365日』(パイ インターナショナル)など。NHK『世界はほしいモノにあふれてる』『趣味どきっ!』などメディア出演も。北欧食器とテキスタイルの店『Sticka スティッカ』も運営している。
INDEX
キッチンの主は誰?
よその家のキッチンって、気になりますよね。どんなレイアウトで収納はどうしているか、日頃はどんな料理をしているか⋯⋯
今回は、北欧の友人たちのキッチンをのぞいてみたいと思います。
デンマークの首都コペンハーゲンに暮らす友人、ソフィーとの付き合いは、もう10年以上になります。ソフィーと夫のグンナル、ティーンエイジャーの娘ふたりの4人家族が暮らすのは3階建てのテラスハウスです。テラスハウスとは連棟式の集合住宅で、長屋のように隣の家と壁を共有した造りですが、玄関は各家ごとに分かれ、専用のテラスや庭もあり、一戸建てのよう。
コペンハーゲンでは、そうしたテラスハウス式住宅が多く見られます。
2階がメインフロアとなっている間取りで、玄関から上がって扉を開けると奥にキッチンがあり、ダイニング、リビングへと続いています。キッチンは壁に沿ってL型に配置され、手前にある小ぶりのカウンターを挟んで、ダイニングがあります。
白で統一したキッチン設備に木製のワークトップを合わせるのは、北欧でよく見るコンビネーション。ちなみに冷蔵庫は左奥、その横に食洗機がありますが、どちらも白い扉でカバーされてキッチン設備になじんでいます。もうひとつ北欧らしいなあと思ったポイントは、L字型のコーナー奥にペンダント照明がぶら下げられていること。北欧の家ではひとつの照明で部屋全体を明るくするというよりは、作業する場所や暗くなりがちなコーナーなど、部屋の各所にペンダント照明やスタンドライトを使い分けて、いくつもの灯りで部屋を明るくするのが定番で、キッチンでもそのセオリーが使われているんですね。
初めて訪れたときには、キッチン設備の上部にぐるりと収納棚が壁付けされていたのが、リノベーションでその棚はすべて撤去。現在、シンク上のステンレスの棚のみ残して壁はすっきりさせています。このステンレスの棚はインド製で、洗ってそのままお皿を収納するという昔ながらのキッチンラック。お皿のほかにやかんや花瓶、ビンテージのコーヒー缶など、目をひく小物も並んでいます。
キッチンでいつも忙しくしているのは夫のグンナルです。料理好きで、料理教室にもときどき通っているというグンナル。おみやげに柚子胡椒や山椒など日本らしい調味料を持っていくと、ひときわ強く興味を示して「これ、どうやって使うの?」「この食材に合わせてもおかしくないかな?」と質問が飛んできます。
夫婦共働きで、食事や家事の分担は普段どうしているのか尋ねたところ、主に料理はグンナルが担当して、買い出しをソフィーがしているとのこと。朝が早いグンナルに対して、比較的ゆっくりと出勤できるソフィーが仕事前に買い出しをしておいて、早い時間に帰宅できるグンナルが夕食の用意をするのがルーティンとなっているようです。ホームパーティではいつも二人揃ってキッチンに立っていますが、お酒を勧めたり、料理の説明をしたり、庭に案内したりと社交担当は主にソフィー。できる方、慣れている方がやるといった感じで、パーティの際には客人もキッチンに入って、足りない料理やお酒を出していることも。誰にでも開かれているキッチン、といった感じがいいなあといつも思います。
コンパクトなオープンキッチン
さてもうひとつ、北欧のキッチンを見てみましょう。こちらは、コペンハーゲンの中心部に近い、集合住宅に暮らす友人ヨナスの家です。彼らも夫婦+子どもふたりの4人家族ですが、子どもたちは小学校低学年に幼稚園生と、まだまだ手がかかる頃。夫婦共働きですが、子どもたちを迎えに行って、16時にはふたりとも家に戻って食事を用意するのが日常です。
彼らが暮らすのは古いアパートメントの一角で、ワンフロアに夫婦の寝室と子ども部屋がふたつ、そしてキッチンとリビングダイニングがあります。キッチンはアイランド型のオープンスタイルで、コンロは壁側に配置され、対面のアイランド側にシンクと食洗機が備え付けてあります。対面型のオープンキッチンというと、広々としたスペースが必要と思っていましたが、ヨナスの家の場合はだいぶコンパクト。このサイズ感には親近感がわきました。
キッチン設備にくわえてワークトップも白で統一されているので、アイランドの上に吊るした赤いペンダントライトが映えます。窓際の壁に取り付けた小さな木製の棚には、かわいいマグカップが並び、壁の凹凸部分を利用したオープンシェルフにはナッツや乾物を入れたかわいらしい缶やキャニスターが置かれていました。ソフィーの家もそうでしたが、見せる収納が上手です。
キッチンの向かいに廊下を挟んで広いリビングがあり、そこにダイニングテーブルも置いてありますが、朝食や簡単な食事はキッチン側ですることができます。訪れた日はヨナスが食事当番で、パスタを作ってくれました。調理している間、妻のグリと娘のマヤ、ヨナスの母キルステンとみんなでカウンターを囲み、最近手に入れたという器を見せてもらったり、ワインを飲みながら旬のえんどう豆を生のまま食べたり、近況報告やおしゃべりを楽しみました。時折、ヨナスも会話に参加しながら手際よく調理をして、できあがったパスタは鍋ごと食卓へ。各自で器によそっていただくスタイルで、盛りつけの手間が省けていいですよね。食卓にはチーズやハーブが置いてあり、その日はえんどう豆も各々で好きにトッピングしていただきました。こんな気楽なもてなしもいいなあと、わが家でもときどき「鍋ごとパスタ」を真似しています。
泊まった宿のキッチンは⋯⋯
北欧を旅するときは、レンタルアパートや民泊のようなシステムを利用することも。北欧は外食が高くつくので、キッチン付きのアパートだと食費の節約にもなります。調理をする時間がなくても、スーパーマーケットで買ってきた惣菜や冷凍食品などで北欧の日常の味を試すのも、楽しいんですよね。
こちらはアイスランドの首都レイキャビクのレンタルアパートで撮ったキッチンの写真。これぞ、ザ・北欧スタイル! といいたくなるI 型の壁付けキッチンです。タイルや棚のつまみも白で統一され、ワークトップはやはり木製。向かって右下に食洗機も付いていて、やはり統一感のある白い扉でなじんでいます。レンジフードの上がオープンシェルフになっていて、ここに調味料やスパイスをいれた容器などを並べるのも、よく見るスタイル。蚤の市で売っているようなビンテージのスパイス容器をここに並べて、見せる収納をしたら可愛いだろうなあ⋯⋯と想像が膨らみます。
こちらはフィンランドで泊まったレンタルアパートです。建物自体は1930年代に建てられた古いアパートメントでしたが、室内はモダンにリノベーションしてありました。キッチンはL字型で、洗濯乾燥機が一緒に置かれています。そしてシンクの上の棚をあけると⋯⋯フィンランド名物のキッチン設備を発見! なんと、下の段がやはり水切り棚になっているんです。
1940年代からフィンランドではキッチンの効率化、合理化が進められ、家事に使われる労働時間についての研究もされました。そこで指摘されたのが、女性が生涯、食器洗いに費やす時間の多さ。それを削減する手段として生み出されたのが食器乾燥棚です。食器を拭く時間を減らし、拭くタオルを減らし(タオルの洗濯回数も減ります)、乾燥させながら収納できることで、汚れた食器を置く場所や、作業スペースを確保できるというわけです。女性の社会進出とともに、北欧ではこうした家事の効率化を目指した研究が実直に進められ、その後押しをしてきました。いま多くの家で食洗機が導入されているのも、そうした背景があったからでしょう。
フィンランドでは、食洗機が普及した後も食器乾燥棚がこうして残されている家庭は多いようです。食洗機に入れられない素材の食器や大きな鍋などを乾かしながらしまうのにもいいですよね。冷蔵庫や食洗機と同じく、乾燥棚もこうしてキッチンユニットに組み込んで、デザイン的にすっきり見せているのが北欧らしいなと思います。
「北欧は男女平等が進んでいる」「子育てがしやすい国」とは日本でもよく報じられていますが、友人たちのキッチンを見ると、その一端が表れているように思います。ソフィーやヨナスの親世代では「料理や家事は女性がするのが、あたりまえ」だったといいますが、一世代でこんなに変われることにも驚きます。わたし自身も、繰り返し彼らのキッチンを訪れるうち「女性なんだから料理や家まわりのことを要領よくこなせないと」といった自分の思い込みに気づき、別に必ずしもそうでなくてもいいと思うようになりました。家や生活の中心といってもいいキッチン。これからも北欧から学ぶことは多そうです。

