命のリレー。間伐予定の樹木を移植した「静けさの森」<後編>
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「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに開幕した「大阪・関西万博」。関西近郊にお住まいの方をはじめ、全国各地から訪れる予定の方も多いのではないでしょうか。
今回は、「大阪・関西万博」の象徴のひとつとして、会場の中心に位置する「静けさの森」を詳しく紹介する前後編の後編です。前編に引き続きテーマ事業プロデューサーである宮田裕章さんに、「静けさの森」で体験できるアート作品の中から3作品について伺いました。
前編はこちら:命のリレー。間伐予定の樹木を移植した「静けさの森」<前編>
プロデューサーの宮田さんに聞く、「静けさの森」で体験できるアート
学びと遊び:ピエール・ユイグ氏《 Idiom/La Déraison 》


近年では、インターネット検索をはじめとするテクノロジーの発達により、「学び」の質は大きく変化しています。単に知識を詰め込むだけではなく、絶えず変化する社会で「共に学び続ける」姿勢が重要視されるようになり、その中心にあるのが自ら「問いを立てる力」ではないでしょうか。
一方で、技術の進歩による情報過多や、閉鎖的な空間で同じ価値観の者同士が同じような意見を繰り返す“エコーチェンバー化”によって、人々の好奇心は狭まりがちになり、世界各地で分断の兆候が深まっています。だからこそ、不確かな領域や未知に対する違和感にあえて近づき、それを探究の起点とする「学びの姿勢」が必要とされています。
今回展示する「La Déraison」の一番の特徴は、一見普通の彫刻のように見えながら、人肌のような温かみをもつ点です。実際には生き物ではないにもかかわらず、その微妙な差異が観る者に「これは何なのか」「どこまでが生きていると言えるのか」という問いを喚起します。
さらに同じ展示空間で「Idiom」というマスク型の立体作品を用いたパフォーマンスが行われます。マスクを被ったパフォーマーは明確に生きている人間であるはずが、まるで生命を失ったオブジェのようにも見え、マスクが発する音も人間には理解することができません。こうした空間における体験において「生きている/生きていない」という一般的な区分は一層曖昧化し、私たちが普段どのように“生命”を捉えているのかを深く問い直す機会となるのです。
平和と人権:オノ・ヨーコ氏《 Cloud Piece 》

万博という場に、経済活動とは直接的には結びつかない「平和」というテーマを据えることには、さまざまな議論がありました。しかし、私たちは未来をともに考えるうえで、平和は決して避けて通れない必須かつ重要なテーマであると確信しています。
オノ・ヨーコ氏は、前衛的なパフォーマンスやコンセプチュアル・アートの手法を通じて、世界に向けて平和へのメッセージを発信し続けてきたアーティストです。今回の万博に出展する「Cloud Piece」は、地面に掘られた穴の底に鏡を仕込むことで、空を映し、まるで空の雫をためるかのように見せる詩的なコンセプトをもつ作品です。「静けさの森」の泉につながる四叉路の2箇所にこの作品を設置し、人々がひとつの空を見つめながら、平和について思いを巡らせるような体験をつくり出しています。
「Cloud Piece」は空があらゆる人々に開かれた“共有の風景”であることを私たちに示しています。その一瞬の体験は、社会や国境を超えたつながりへの意識を高め、「世界が平和であることをイメージする」ことが決して夢物語ではなく、私たち一人ひとりの想像力と意志によって実現可能な未来なのだと示唆してくれています。
来場者は万博会場のさまざまな場所で空を見上げるたびに、平和への願いや他者とのつながりを感じ取るかもしれません。こうした経験を通じて平和を語ること、未来をともに感じることの重要性を確認し合い、それが自身の行動へと結びつける源泉となることを願っています。
地球の未来と生物多様性:ステファノ・マンクーゾ氏 with PNAT《 The Hidden Plant Community 》

イタリアの植物学者であるステファノ・マンクーゾ氏は、「植物は動きの遅さや外見から誤解されているだけで、非常に複雑で緻密なネットワークを通じて、動物とは異なるかたちの知性を発揮している」と考えています。今回のプロジェクトのテーマは、「植物の視点から世界を見る」というユニークな試みです。これまで人間は、自分自身の生存を最優先に考えた視点で、弱肉強食や適者生存の理で社会を考えることが多くありました。しかしマンクーゾ氏の研究が示すとおり、植物はまったく異なる戦略を用いて、個体だけでなく群体として生態系を共創しています。植物たちは、光合成によってエネルギーを生み出し、多様な生命に分かち合いながら巨大なネットワークを支えているのです。
こうした植物の活動を可視化することで、私たちが普段見落としがちな視点を体感できるように設計されています。植物が二酸化炭素を酸素に変換していく過程をアートを通じた体験として共有する。それは例えば森の植物たちが発する微かな「音」を聴ける仕掛けを通じて、来場者は“植物として生きる”とはどういうことかを直感的に感じ取る試みです。マンクーゾ氏が提唱する「植物の知性」を体感することで、私たちが当たり前のように受け入れてきた人間中心主義の世界観が問い直され、より広い生命観や時間軸で世界を捉える視点が得られると考えています。
このアートを体感し、植物の仕組みに耳を澄ますことは、未知の存在との共生や新たな視点を得る手掛かりとなります。命を支える豊かなネットワークを共創する植物の視点は、これからの多様なCo-beingを考えるうえで大きなヒントを与えてくれます。
text 「ハレの日、アサヒ」編集部
どれも直感的に楽しめるアートばかり。普段あまりアートに親しみが無いという方も楽しめるのではないでしょうか。作品に触れて、地球や平和、未来に想いを馳せる時間を過ごしてみてください。