弘前でりんご農家を応援!旅×社会貢献の新しい形
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農家の人手不足や気候変動が深刻化するいま、旅のなかで農業を応援する“援農ボランティアツアー”が注目されています。援農とは「農家を援助する」という意味で、旅先で農作業を手伝いながら、地域とつながる新しい社会貢献のスタイルです。
アサヒグループでは、弘前市・JTBと連携し、りんご農家を応援する「ひろさき援農ボランティアツアー」を毎年秋に開催しています。今回「ハレの日、アサヒ」編集部は、10月中旬に開催された現地ツアーに密着し、参加者の声やりんご農家のリアルな現場を取材しました。旅と社会貢献が融合する、サステナブルな社会の実現に向けたユニークな取り組みをレポートします。
INDEX
旅×社会貢献!「援農ボランティアツアー」の魅力とは?
日本一のりんご産地として知られる青森県弘前市。秋の澄んだ空気とりんごの香りに包まれた園地に、北は北海道、南は沖縄県と全国からツアーで集まったボランティアたちが集結しました。収穫作業の前に、まずはりんごの基礎知識を学ぶ勉強会からスタート。
生産者の方からは、次のようなりんごの奥深い話を聞きました。
- 実は、降水量が多い青森県の気候は、本来りんご栽培に向いていない
- 約150年前、武士がりんご栽培を始め、枝を整える“剪定”の技術で厳しい気候に適応した
- 枝葉や花の管理によって、りんごの味が左右される
こうした知識を学んだ後、いよいよ収穫作業へ。商品として出荷される大切なりんごを、一つひとつ手摘みします。次第に手際もよくなり、集中して作業する姿が印象的でした。
この日は午後に雨の予報が出ていたため、収穫作業は午前で切り上げ、昼休憩後に「弘前市りんご公園」へ移動し、弘前市主催の特別企画「りんご食べ比べ」が行われました。
高価な品種が必ずしも好まれるわけではなく、味の好みは人それぞれ。会場には品種ごとに味の特徴などを説明する資料が掲示されており、参加者はそれを参考にしながら、自由に食べ比べを楽しみました。糖度順に並んだりんごの試食が始まると、「品種によって甘みや酸味が全然違って驚きました」「酸味控えめで果汁たっぷりな『トキ』が一番好みかも!?」といった声が上がり、りんごの多彩な味わいに感動する様子がうかがえました。感想を語り合ううちに、初めて会った人同士でも自然と打ち解け、会話も弾みます。雨にもかかわらず、最後まで温かな雰囲気に包まれ、ツアーは笑顔で幕を閉じました。
<参加者の声>
大分県から姪御さんと一緒に参加した方は、「友人にツアーを教えてもらい参加しました。りんごの木の下を走り回るという夢が叶いました!大好きなりんごについて学べるだけでなく、旅先で農家さんの力になれるなんてすごくいい経験でした」と笑顔で話してくれました。
また、昨年に続き2回目の参加者は、「東京でりんごをもぎとる機会がないので、このツアーを楽しみにしていました。収穫作業は楽しく、来年もまた参加したいです!」と次回の開催を心待ちにしている様子。
夜には、りんご生産者との交流会をオプショナルイベントとして開催。生産者の思いや魅力、苦労話などをじっくり聞ける場として、ボランティア活動だけでは聞けないエピソードも楽しめる充実の内容となりました。
ツアーを通じて、弘前の人々の温かさや、りんごづくりの奥深さに触れる体験ができ、参加者同士や地域の生産者との新しいコミュニティの輪が広がる。それこそが、援農ボランティアツアーならではの魅力だと感じました。
おいしいりんごを未来へつなぐ、現場と地域の取り組み
弘前市は、日本のりんごの約4分の1を生産する国内有数の産地です。一方で、気候変動という大きな課題に加え、農業従事者の高齢化や後継者不足による担い手の減少といった深刻な課題があります。こうした課題が進行すれば、私たちの食卓からりんごが消える未来も現実になりかねません。
農家の知恵で守る、りんごの味と未来
「りんご農家全体の8割が後継者不在。5年後、10年後にはりんごがなくなるかもしれない」そう語るのは、弘前市のりんご農家・髙橋哲史さん。「若い世代の担い手が少ない今、県外の人も含めて“りんごに関わるきっかけ”をつくることが大事だと思っています!」
ひろさき援農ボランティアツアーをネットニュースで知り、実際に千葉県から弘前へ移住した方が髙橋さんの園地でも働いているそうです。「こうしたツアーが、その最初の入り口になると思っています」
少しずつではありますが、担い手不足の解消に向けた歩みが始まっています。
さらに、気候変動への対応も避けて通れません。「昔は30度を超える日は少なかったのに、近年は9月にも猛暑日があります。りんごは涼しくなってから美味しくなるので、9月の暑さは味や色づきに影響します。だからこそ、りんごの木の葉を摘んだり、枝の配置を工夫したりして、農家の知恵と技術で気候変動に対応しています」
青森県は降水量が多く湿度が高いため病害が発生しやすく、もともとりんご栽培には不向きな土地でした。そこで武士たちが剪定技術を磨き、厳しい環境を克服してきた歴史があります。こうした、技術とともに人を育てて継承していく発想は今も受け継がれ、地域全体で知恵を結集し、未来へ技術をつなぐ取り組みが進められてきました。
最後に、農家として成長するために必要なことを尋ねると、「りんごづくりは単なる作業ではなく、感性が問われる仕事です。枝を切るかどうかの判断には、木の状態をよく観察し、枝や葉のバランスを整える注意力が欠かせません。また、日頃から情報を積極的に集め、さまざまなことに興味を持つ人ほど技術の上達も早いんです」
髙橋さんの言葉で、りんごづくりは感性を土台に技術が磨かれていく奥深い仕事だと強く印象に残りました。
行政が支える、栽培技術の継承と次世代育成
今年で青森りんごは植栽150周年を迎えました。弘前のりんごづくりは、人となりが技術にまで表れる、奥深い世界。そして、その技術の中でも特に重要なのが「剪定」です。明治時代、弘前の旧藩士たちが農業に転じるなかで確立した剪定技術は、世代を超えて受け継がれ、今も弘前のりんごの品質を守り続けています。
この剪定技術は、弘前公園の桜の手入れにも生かされています。枝の配置を工夫することで、花が目線の高さで咲き、木の背を低く保ちながら、枝を広げて花の量を増やすため、密度の高い桜風景が生まれるのです。りんごづくりの知恵が、地域の景観にも息づいています。
「剪定は、りんごづくりの出来を左右する重要な技術です。雪に強い樹形づくりや花芽の見極めなど、長年培われてきた知恵が詰まっており、地域の農業を支える技術として、今も大切に受け継がれています」と弘前市農政課・百澤(ももさわ)さん。高い技術を持つ農家によって支えられてきた弘前のりんご。その継承は、地域全体で着実に進められています。
こうした剪定技術を含め、りんご栽培の基礎から農業経営までを体系的に学べる初心者向け総合講座「ひろさきスタートアップる塾」を、弘前市では2024年から開講しています。年間を通じて学べるこの講座には、今年は市内外から約40名が参加し、農業経営を目指す意欲ある人材の育成に力を入れています。
しかし、人手不足の進行は待ってくれません。弘前市のりんごを次世代へつなぐために、地域外からの力も必要です。こうした地域ニーズを解消するために、企業と連携して立ち上げたのが“ひろさき援農ボランティアツアー”なのです。
りんごの未来を守る、アサヒの地域共創
自然の恵みを受けて事業を行うアサヒグループは、持続可能な社会の実現に向けて地域との共創に力を注いでいます。弘前の援農ボランティアツアーも、その思いから生まれた取り組みの一つです。「地域課題を自分ごと化し、消費者と産地をつなげたい」という思いのもと、アサヒビール、ニッカウヰスキー、JTB、弘前市が連携した官民プロジェクトとしてスタートしました。これまでの累計参加者は600人を超え、今では全国からボランティアが集まる人気ツアーに成長しています。
近年では、「ディスカバー農山漁村(むら)の宝アワード」優秀賞、「ジャパン・ツーリズム・アワード」審査委員特別賞、地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)に係る大臣表彰など、複数の賞を受賞したことをきっかけに、ツアーの認知度が高まり、参加希望者も急増しました。
「弘前のシードル生産者と話すなかで、原料りんごの減少や後継者不足という課題が見えてきました。それを何とかしたいという思いから、弘前市やJTBと連携し、企業版ふるさと納税を活用した援農ボランティアツアーの仕組みをつくりました」と語るのは、プロジェクト立ち上げ時の責任者であった倉田剛士(当時アサヒビール 新商品開発部)。
「単なる寄付で終わらせず、地域が自走できる仕組みを目指しています。最終的には後継者育成まで進めることが重要ですが、今は現役農家の困りごとを少しでも解決し、『りんご農家ってやりがいがあって儲かる』と思ってもらえる流れをつくりたいんです」と、りんご産業の先を見据えた言葉に、熱い思いを感じました。
また、弘前市農政課の百澤さんは、今年の援農ボランティアツアーについて「今年も多くの方にご参加いただき、『楽しかった』『収穫が面白かった』という声が多く寄せられました。受け入れ農家からも『忙しい時期に助かった』と感謝の声があり、参加者・農家双方にとって有意義な取り組みとなりました」と述べ、全国の参加者とりんご農家の温かな交流が生まれたことに手応えを感じながら振り返りました。
百澤さんは官民連携の意義についてもこう話します。「今年もアサヒビール、ニッカウヰスキー、JTBと連携して企画を進めています。皆さんが忌憚なく意見を出し合いながら企画を練っており、非常に連携が取れていると感じています。そもそもアサヒビールとニッカウヰスキーからふるさと納税の寄付をいただき、それを財源として事業が成り立っていることに、改めて深く感謝しています。寄付金だけの関係ではなく、これからも一緒に力を合わせて取り組んでいきたいと思っています」
ニッカウヰスキーの小森は、前任者からプロジェクトを引き継ぎ、現在2年目。ニッカウヰスキーブランドとして展開する「ニッカ弘前 生シードル」は、無添加・国産リンゴ100%にこだわり、持続可能な事業を目指しています。
「シードルの価値を守るには、原料であるりんご産業の発展が欠かせません。参加者からは『弘前とりんごのことをもっと知りたい』という声もあり、リピーターや遠方からの参加も増えています。農家さんからも『地域を知ってもらえて嬉しい』と喜ばれ、短期的な人手不足の解消だけでなく、消費者・農家・自治体・企業をつなぐ架け橋になっていると感じています」
ひろさき援農ボランティアツアーは、農業体験を超えて、地域と都市、消費者と生産者をつなぐ新しい共創の場です。
text「ハレの日、アサヒ」編集部


りんごのある未来を次の世代につなぐために、私たちにできることは、ほんの小さな一歩から始まります。皆さんもぜひ、お住まいの地域や旅先で、地域に貢献するアクションをしてみませんか?