浅草・曙湯に教わる、「文化を沸かす」ということ
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新年度が始まる4月。どこか心が落ち着かなかったり、運動不足が気になったり。何か新しいことを始めたいけれど、ジムに通うほどの気合いはない…。なんて、立ち止まってしまう日もありますよね。そんなとき、ふらっとのれんをくぐってみたくなるのが、浅草で77年続く銭湯「曙湯(あけぼのゆ)」です。戦後復興の象徴として建てられた、豪華な宮造りのただずまい。東京都の歴史建造物にも認定されたこの場所を、昨年引き継いだのが大澤秀征さんと三浦燿さん。「文化を沸かす」をコンセプトに、銭湯を通して人や文化をつなぐお2人に、銭湯がつくる新しい日常についてお話を伺いました。
INDEX
歴史をそのまま残すのではなく、いまの価値として届ける
―曙湯に一歩足を踏み入れると、その建築美に圧倒されますね。
大澤 曙湯は浅草のこの場所に立って、77年目を迎えました。
まず目を引くのは、創建当時の面影をそのままに今へ伝える、堂々とした外観です。戦後、焼け野原からの復興を願う象徴として建てられた曙湯は、あえて豪華につくられ、宮造りや武家屋敷の様式、大天井といった当時の建築美が、建物のすみずみに息づいています。東京都の歴史建造物にも認定されており、建物そのものが持つ建築的価値に加え、浅草ならではの風情と歴史が溶け合う姿こそが、曙湯の何よりの魅力だと思っています。
―「曙湯」を引き継いだきっかけは何だったのでしょうか?
大澤 もともとお風呂が大好きだったことに加え、建物そのものが持つ「力」に惹かれたのが大きかったですね。魅力的な銭湯が各地にある一方で、後継者不足などで少しずつ数が減っている。その素晴らしい文化をなんとか残したい、という思いがありました。
そこで昨年、「文化を沸かす」というコンセプトを掲げて、曙湯を引き継ぐことに決めたんです。
単にお風呂を沸かすという意味だけでなく、「日本文化を沸かす」「銭湯文化を沸かす」そして「地域文化を沸かす」という思いを込め、湯を沸かすように文化を熱く盛り上げたいと思っています。
三浦 私は以前の仕事で日本の建築に携わっていたこともあり、建物そのものが持つ価値に強く惹かれました。地元の北海道では、100年経った建物の多くは「保存」が目的の施設になります。けれど東京では、同じくらいの歴史を持つ銭湯が、今も「日常の場」として当たり前に使われている。その光景に、とにかく驚いたんです。何百年も続いてきた建築様式や営みが、今この瞬間も息づいている。そんな場所のこれからの物語に関われることに、たまらなく魅力を感じて、この道に進むことを決めました。
大澤 私たちが大切にしているのは、古いものをただそのまま残すことではありません。この建物がどんな思いで生まれたのかという物語を大切にしながら、いまを生きる人たちに、どんな心地よさを届けられるかを考え続けています。
脱衣所や風呂場のレトロな風情はそのままに。浅草の街に溶け込むこの景色を、次の時代へと繋いでいきたいと思っています。
肩書きを脱ぎ捨て、「素」の自分に戻れる居場所
―今の時代に銭湯とはどのような存在だと思われますか。
大澤 現代の銭湯は、単に体を清潔にするためだけの場所ではなくなってきていると感じます。昔は家庭にお風呂がなかったからこその「生活インフラ」でしたが、今はもっと、心と暮らしを整えるための「大切な居場所」という存在に近いのかもしれません。
特に最近はテレワークが増えて、人との関わりが画面越しになりがちです。だからこそ、日常的に通える「リアルな場」の価値が、これまで以上に高まっている気がします。銭湯に行けば、たとえ言葉を交わさなくても、いつもの顔なじみの常連さんがいて、番頭さんがいる。家族でも友人でもないけれど、確かに自分がそこに属していると感じられる「ゆるやかなコミュニティ」が、そこにはあります。
三浦 あとは、物理的にスマートフォンを手放せることも大きいですよね。湯船に浸かっている間は、外部の情報や誰かからの評価から完全に解放されます。そうして自分自身と静かに向き合う時間が、本当の意味でのリラックスや、心身の回復につながっていくのだと思います。
大澤 現代の暮らしは、仕事や立場、環境など、どうしても誰かと自分を比べてしまう場面が多いですよね。でも銭湯は、そうした外側のあれこれを一気に脱ぎ捨てられる場所。言葉を交わさなくても、常連さんと「こんばんは」と会釈をして、同じ湯船につかる。
その「近すぎず、遠すぎない」距離感が、今の時代にはちょうどいい癒やしになる気がします。肩書きを脱いで、ただの自分に戻れる。そんな平等な心地よさが、銭湯にはあるんです。
三浦 そうですね。最初から「誰かと繋がろう」と意気込まなくても、自分が“素”でいられる場所だからこそ、結果として自然な繋がりが生まれるのかもしれません。何度も通ううちに、いつの間にか顔見知りになって、気づけばそこから新しい友人ができていることもある。そんなふうに、日常の延長線上でふっと世界が広がる場所として、この場所を守り続けていきたいですね。
走って、浸かって、分かち合う。「ランニング×銭湯」の新しい形
―ランニングイベントなど定期的に開催されていますが、きっかけを教えてください。
大澤 「お風呂と相性がいいこと」を考えたとき、自然とたどり着いたのがランニングでした。
同じ道を一緒に走り、銭湯で汗を流して、最後にお酒を飲みながら今日を振り返る。その体験を共有するだけで、驚くほど自然につながりが生まれます。
三浦 SNSを見て参加してくれる若い世代の方も増えています。ここで初めて出会った人たちが、次回のイベントで再会して仲良くなっていく。そんな光景を見ていると、銭湯という場所が持つコミュニティの可能性を感じます。
―今後、このイベントを通して目指していることはありますか?
大澤 まずはランニングをきっかけに、一度銭湯に足を運んでもらいたい。そこで銭湯の良さを体感して、また次も来てもらう。そんな良いサイクルを作っていきたいと考えています。というのも、銭湯業界全体に「存在に気づかれにくい」という課題があると感じています。これまでSNSや広告をあまり活用してこなかったこともあり、「すぐ近くに銭湯があるなんて知らなかった」という理由で、選択肢にすら入っていないケースも少なくないんです。だからこそ、今の世代の方にも届くような発信や企画を大切にしています。
三浦 実際、SNSを見て初めて参加してくださる方が毎回いらっしゃって、少しずつコミュニティが広がっている実感があります。東京の東側には、まだ“ランニングの聖地”と呼べるような場所が少ないんですよね。だからこそ、曙湯を起点に「走って、お風呂に浸かって、人とつながる」。そんな新しい楽しみ方が生まれる場所にしていけたら嬉しいです。
毎日の暮らしに、銭湯という選択を
— これから、曙湯をどんな場所にしていきたいですか?
大澤 私たちのコンセプトは「文化を沸かす」こと。浅草というこの街で、「銭湯といえば曙湯だよね」と言ってもらえるような、愛される存在になりたいと思っています。
今、多くの銭湯が老朽化などの課題を抱えていますが、私たちがここで実践してきたノウハウを、他の場所にも広げていきたい。古き良き建物の価値を、今のライフスタイルに馴染む形へアップデートすることで、銭湯業界全体を明るく盛り上げていきたいですね。
三浦 僕たちは建築をベースにしたチームなので、「いい建物が、経済的にも自立して続いていくこと」を何より大切にしています。ゆくゆくは旅館や温泉など、温浴を軸にした新しい形にも挑戦してみたい。でも一番の願いは、もっとシンプルです。家でお風呂につかるのと同じように、週に数回はふらりと銭湯に足が向く。そんなライフスタイルを、この街の当たり前にしていきたいと考えています。
銭湯のあとに楽しみたい、至福の一杯
刺激強め。ウィルキンソン炭酸
磨き抜かれた水と強めの炭酸。キレのある爽快感が、お風呂上がりの喉をすっきりと潤してくれます。
銭湯の後は昔ながらの三ツ矢サイダーで
どこか懐かしく、やさしい甘さ。しゅわっと弾ける泡が、子供から大人まで楽しめる古くから愛されている三ツ矢サイダー。やさしい甘さとすっきりした後味で、火照った体にすっとなじむので銭湯のあとにおすすめです。
かつては生活の一部だった銭湯は、いま、形を変えて私たちの暮らしに寄り添っています。肩書きやスマホを手放して「素」の自分に戻れる場所。それは、現代における新しいコミュニティの形でもあります。温かいお湯に身をゆだねるシンプルなひとときが、忙しい毎日をそっと支え、これからの暮らしを軽やかにしてくれるのかもしれません。
text「ハレの日、アサヒ」編集部

